散髪

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熊野古道伊勢路(伊勢~尾鷲)

「へー、熊野古道って伊勢神宮から新宮までの伊勢路ってのもあるのかー」と、とあるきっかけで知った。実家への帰省がてらいつも参拝する伊勢神宮から熊野古道が伸びているのであれば、「いっちょ歩いてみるか。」という気持ちになるのが、自然の摂理である。覆水が盆に返らないように、リンゴが上から下へ落ちるように。
そんなわけで、いっちょ歩いてみた。日程の都合上、今回は伊勢神宮内宮から尾鷲の町まで。残りは来年の年末の帰省時に歩く予定。

熊野古道伊勢路は伊勢神宮から、熊野速玉大社(もしくは熊野本宮大社)への170km程度の道で、江戸時代に、お伊勢参りから熊野詣でへ、そして、西国三十三ヶ所観音霊場巡りへ向かう道として賑わったという。
熊野古道が世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録されているのは有名だが、この伊勢路についても一部がこの世界遺産の対象になっている。
実際に歩いてみて気付いたが、この伊勢路の半分くらいは現在の国道42号線と重複する。そのため伊勢路の道程はこの国道42号線となった部分と、それからずれた旧道、そして山道を歩く「峠」とで分類できる。国道42号線は車がびゅんびゅん通るので「古道」の趣きは皆無。世界遺産の対象は「峠」の部分だけだそうだし、よっぽど踏破を目的としない限りはいくつかの「峠」の道をピックアップして歩くだけでよいな、と思う。

今回の歩き旅で印象に残ったことを以下に書いていこうと思う。

■水
伊勢から尾鷲まで歩いて印象的だったのが水の綺麗さ。川・池・海のすべてが驚くほど透明。ドブの水さえ透明。日本一の多雨地帯である大台ケ原から流れてくることに秘密があったりするのかなと考えているが詳細は不明。後述する尾崎咢堂記念館の館長?の方に教えてもらったのだが、宮川(伊勢路はこの川沿いを歩く部分が少なからずある)は清流日本一にしばしば選ばれるようである。

■茶畑
後から調べて分かったことだが、三重県はお茶の生産量が日本3位なのだそうだ。伊勢路を歩いていると茶畑があちこちに広がる。これらは伊勢茶というブランドで売られるらしい。茶畑に必ずといってあったのが、高さ5mくらいの高さから地面(茶畑)に向いている扇風機風機械である。道行く人に聞いてみると霜除け用で高い所の暖かい空気を送ることによって霜を防ぐらしい(防霜ファン)。

■瀧原宮
紀勢本線の滝原駅付近には、瀧原宮という神社がある。伊勢の内宮の別宮らしく、伊勢に内宮ができるまでは天照大御神はこの場所にいたらしい。深い森を抜ける長い一本の参道と、その果てにある社からなるシンプルな構成で、森と宗教のいい感じの融合が心地よかった。

■峠
基本は単なる山道である。始神峠では熊野灘の絶景が拝める。馬越峠では石畳が敷き詰められており趣きあり。馬越峠を尾鷲側に下っていく途中に尾鷲の町が一望できる。そこからの景色で一番目につくのは巨大な煙突。中部電力の火力発電所で、尾鷲市を歩いているとどこからでもこの煙突が見えて、なんだか町のシンボルの様相。もう一つ目につくのは、ジュラルミンの銀色のドームで、これは尾鷲市立天文科学館で竹下内閣時代の「ふるさと創生事業」での一億円の使い道としてこの科学館が設置されたらしい。

■尾崎咢堂記念館
熊野古道と直接は関係ないが、伊勢市から田丸まで伊勢路を歩く途中の宮川のほとりに「尾崎咢堂記念館」があったので寄ってみた。その日の訪問者は僕だけだったようで館長?らしき人がコーヒーまで入れてくれていろいろ説明してくれた。「咢堂」は雅号で「行雄」が本名。憲政の父と呼ばれ、ワシントンに桜を贈ったのはこの人らしい。尾崎咢堂記念館は全国に3つあるらしく、一つはこの伊勢で、もう一つは相模原市、最後の一つは国会議事堂そばの「憲政記念館」がそれらしい。いつも前を通ってたのに、気づかなかったなー。

■参考
今回の歩き旅はこの本を参考にした。
また、尾鷲の熊野古道センターでアンケートに答えてもらった「熊野古道伊勢路図絵~平成の熊野詣」というパンフレットが来年の旅に役立ちそう 。

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スタイルシート(CSS)の「id」と「class」の違い

スタイルシート(CSS)で要素を指定する時に使う、「id」と「class」の使い分けが分からなかったが、ここを見てその謎が解けた。その違いは

  • 「id」・・・そのページ中に1度しか登場しない物を指定。
  • 「class」・・・そのページ中に何度も登場する物を指定。

だそうな。

なるほど、分かってしまえば、その通りの名前がついているなと思う。

また、「id」に関してはスタイルシートだけでなく、javascriptや、htmlでのページ内リンクにも使用するようなので、『idではそのページ中に1度しか登場しない物を指定』の鉄則は守った方が安全だ。

また、スタイルシートで「id」の要素を指定する際は、「#」を使うが、これは、htmlでのページ内リンクでも同じで

<a href=”#footer”>ページ末尾へ</a>

のように指定することを知って、目からウロコ。

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江成常夫「昭和史のかたち」展をみて

東京都写真美術館で催されていた掲題の写真展がよかった。

終戦後に開発され尽くした東京では残っていない戦争の形跡が、東南アジア(インドネシア・パラオ・フィリピンなど)や中国、そして沖縄にはそれらが未だに残っていることを、この展覧会の写真たちは伝えてきた。

戦死者の遺骨、ゼロ戦や爆撃機の残骸、飯盒や洗面器などの旧日本兵の日用品などが未だに野ざらしにのまま放置されていたりした。

地域が違えば、時間の進む速度も変わる。

東京は世界で最もその速度が速い地域の1つだろう。そしてそこにはもはや戦争の形跡は時間とともにかき消され、その結果、人々の心からも戦争の記憶が薄れていく。でも一方で、時間の進み方が遅い地域ではいまだに形跡が消えずに、また人々の心からも消えずに残るのだ。

追伸

あと、もう一つこの展覧会をみて「面白いな」とおもったのは、汚いもの(オイルの漏れ出したあと)なども、真正面から捉えると、そこに美を見出すことができると気付かされたこと。

 

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「真島満秀」回顧展 ~鉄道回廊~

今日、会社の代休を利用して、真島満秀「鉄道回廊」展を訪ねた。

いい写真を撮りたければ、技術ではなく、迷いなく大好きな被写体を撮るべきだと、痛切に感じた。

今回一番印象に残った写真はパンタグラフの放つスパークの火花の一瞬を捉えた写真。本当に鉄道が好きでずっと観察している人にしか思い浮かばないシーンだと思う。

「ハッ」とする写真を撮る人と僕の間で、何が違うのか、ほんの少しだけ分かった気がした、そんな展覧会だった。

機会があればまた行きたい。

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新田次郎著「アラスカ物語」

新田次郎著「アラスカ物語」を読んだ。

「孤高の人」を読んで、それが面白くて、この作家のほかの作品を読んでみようと思い、手にした作品。

この作品を読んで、私の全く知らなかった「フランク安田」という人物の存在とその人が生み出した価値を知った。そしてそれが未だにほとんどの日本人に認知されていない。

彼が、アラスカで残したもの、それを挙げると、

  • アラスカエスキモーに溶け込み、アラスカエスキモーの鯨組(鯨を狩るグループ)の長になることを嘱望されるほどに狩猟の腕をあげ、そして信頼を得た。
  • エスキモーの飢餓を救うために、沿岸エスキモーの内陸への移住と、移住に欠かせない、エスキモーの生活習慣の変革まで成し遂げた。
  • 上記の飢餓救済の手段として、金鉱を探し当て、それで得た金を元手に移住を行った。
  • エスキモーの娘ネビロと結婚し、子供を育てた。

他にもたくさんあるが、やり遂げたことが余りに多すぎてここで、全てを列挙することができない。この作品を読んで感じたことを列挙すると

この人が、たとえばゴールドラッシュで金を探すと決断したときに、どれほど悩んだだろうか。信用できるかわからない雇い主の白人と、その間で交わされた契約書を拠り所に、エスキモーの飢餓を救わねばならないという信念の元に行動する勇気は本当にすごいと思う。

この人の生涯の密度の濃さに坂本竜馬を思い起こしてしまうのは僕だけだろうか。坂本竜馬も司馬遼太郎に取り上げられるまで、「忘れた存在だった」という。司馬遼太郎が坂本竜馬に光を再び与えたように、この新田次郎の「アラスカ物語」はフランク安田に光を与える作品だ。

新田次郎の作品に特徴的なのが(まだ、孤高の人とアラスカ物語しか読んでいないが・・・)、妻と夫の絆の深さを精彩に描写しているところだ。山岳を含む「極地」を題材にし続けた新田次郎が、描き出したかったのはこの「ザイル(絆)」の大切さなのかもしれない。

最後に忘れてはいけない事は、ジェームス・ミナノ、ジョージ大島など他の日本人の存在であり、特にジョージ・大島は、対立するインディアンとエスキモーの仲立ちに貢献し、エスキモーの内陸への移住のキーパーソンとなった。

また、読みたい。

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引数なしでmakeすると。。。

薄々気づいていたけれど、やっとそのことを明確に描いているページを見つけた。

makeは、引数なしで実行すると、Makefileに最初に書かれたターゲットを実行することを目標に動く。ほかのターゲットは、その過程で必要なければ(実行しようとしたターゲットが依存していなければ)、実行されない。

(参照:makeの第一歩

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